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中川昭一秘話「日本は米の現金自動支払機になるつもりはない」  田村秀男

10-01 作者admin

2008年のG20会合に出席した中川昭一財務相(当時、奥左から4人目)=米ワシントン(ホワイトハウス提供)

15年前、2008年9月15日発の「リーマンショック」は同月24日に財務相に就任した保守主義者、中川昭一(享年56)にとって運命の時でもあった。

リーマン・ブラザーズ破綻は同じく金融大手、モルガンスタンレーに連鎖しかけていた。当時のブッシュ政権で火消しにおおわらわだったのがポールソン財務長官だ。モルガンが破綻すれば、ポールソン氏出身のゴールドマンサックスなどウォール街全体が崩壊してしまう。ポールソン氏はモルガンへの救済出資について、旧知の王岐山・中国副首相に打診していた。モルガンには中国の国家投資ファンド、中国投資有限責任公司(CIC)が50億ドル(約5400億円)を出資済みだったが、損失の拡大を恐れた王氏の返答はノーも同然。残る希望は三菱UFJ銀行で、何とか90億ドル(約9500億円)の第三者割当増資引き受け約束を引き出した。米東部時間22日早朝の合意発表で、ニューヨークの株式市場の取引開始に間に合った。それでも、モルガン株の暴落は止まらない。三菱側は及び腰になり、合意を実行するかどうか、米側は焦りに焦る。

頼みの綱が中川である。10月11日にワシントンで開催されることになった先進7カ国(G7)、新興国を含めたG20の財務相・中央銀行総裁会議出席のため、中川が現地に到着したのは前日の10日である。ポールソン氏は中川と米財務長官室で会った。

「三菱に救済に応じるように話してくれませんか」と頼み込むと、中川は「注視していく」と返事した。長官は「これ以上期待できないほどありがたい言葉だ」と安堵した。3日後、額面90億ドルの小切手がニューヨークのモルガン・スタンレー本社に届けられた。(この項はポールソン氏の回顧録〝On the Brink〟より)

中川最後のドラマはそこから始まった。11日午前、ホワイトハウスではブッシュ大統領も加わってG7の財務相らと危機対策会合が開かれたあと、南庭のローズガーデンでブッシュがスピーチ、そしてしばし懇談というときになったとき、中川の耳に重大ニュースが入った。「米政府、北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除決定」である。拉致問題は未解決のままだ。中川はすぐさまブッシュ氏に駆け寄り、「どうしてですか」と詰め寄る。ブッシュ氏はびっくりし、「そこにいるコンディ(コンドリーザ・ライス国務長官)に聞け」と言って逃げた。

10月20日午後、東京・霞が関。財務大臣室で中川は米要人と向き合い、ホワイトハウスでの抗議を引き合いに出しながら、おもむろにブッシュへ氏の伝言を託した。「日本は黙ったままアメリカの現金自動支払機にはなるつもりはないとね、必ずだよ」と。その場に居合わせた日本人は筆者だけである(やりとりの詳細は拙著「現代日本経済史」、ワニ・プラス刊参照)。

中川は翌年2月、ローマでのG7会合後の記者会見で意識朦朧、テレビで中継されて集中砲火を浴び、財務相を辞任、10月に失意のまま逝去した。

(産経新聞特別記者)

田村秀男「お金は知っている」(zakzak)

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